「遊庵」の宗智先生
「遊庵」は甲州街道、小原宿本陣(おばらじゅくほんじん)のすぐ近くにあります。
庵主は裏千家茶道教室の井上宗智先生です。
このブログでも何度かご紹介したお茶室キッチンカー「路庵」の庵主、宗香さんの師匠です。
走るお茶室キッチンカー「路庵」の記事もこちらからどうぞ。
この日、宗智先生にお招きいただいたのは、
宗香さん、私の実妹kazu、そしてワタクシの3名です。
「茶会」では濃茶または薄茶をいただきますが
「茶事」となると、さらに懐石(食事)も含まれるフルコースの会になります。
お茶事なんて…すっかりご無沙汰でお作法もすっかり…(汗)ですが、
「気楽に来てね」とお声がけいただき、安心して参加しました。
まずは入り口で、大きなお手製の垂れ幕に出迎えられました。
デザインから縫製まで、すべて宗智先生のお手製です。
垂れ幕をかき分けて中へ。
これまたお手製の掛軸が私たちを
待ち受けていました。
「日々是口実…!」
…ん!? 何か変だぞ。
茶席でよく見るのは
「日々是好日 ~にちにち これ こうじつ~」です。
禅語の1つであり、「どんな日であっても自分にとってはかけがえのない、一日である。」
「良い日、悪い日と決めるのは自分の心次第。」そんな意味だったと思います。
同じ「こうじつ」でも「好日」から「口実」に変わると…
なんだか別の世界観が目の前に広がり、妙に納得してしまった私です。(笑)
オヤジギャグのようでいて、実は真理をついているのかもしれません。
さすが宗智先生「遊庵」と名付けられただけあり、遊び心を大切にされる方です。
赤穂浪士の討入り
赤穂浪士あこうろうしの討入りは元禄15年(1702年)12月14日でした。
(正確には15日未明だったようです。)
主君浅野内匠頭あさのたくみのかみの仇討ちのため、赤穂浪士四十七人が
吉良上野介きらこうずけのすけの屋敷を襲撃した事件は「忠臣蔵」として
よく知られている話です。
さらに詳しくはこちらから
「忠臣蔵」Wikipedia
さて、今回のお茶事は赤穂藩の筆頭家老であり、討入りの総大将でもあった
大石内蔵助の掛軸にちなみ、12月15日になりました。
さしずめ15日の昼頃は、打ち取った首を泉岳寺せんがくじの主君の墓前に供えていた頃
かもしれない…という話題にもなりました。
吉良上野介は茶人であり、和歌や禅にも通じていた人で、茶道では「卜一流ぼくいちりゅう」という流派を興していたそうです。
ぼくいち流?聞いたことなかったなぁ。
上野介の「上」の字を「卜」と「一」に分解して名付けたんだって。
もしかして吉良サマってお茶目さん?
そんな卜一流のお家元、「忠臣蔵」ではかなりの悪役キャラですが、話を盛り上げるために作られた人物像なのかもしれません。(日本人の好きな勧善懲悪ストーリー!?)
吉良上野介は毎年、年末に茶会を開いていたようです。
この日程が外部にもれたことで、お茶会の日に討入られてしまいました。
彼が茶人でなければ討入りもなかったのかもしれませんね。
大石内蔵助の掛軸!
さて、話題の掛軸がこちら。
大石内蔵助が描いたとされる作品です。
何やら絵が描かれ、文も添えられていました。
こういうスタイルの掛軸を「画賛がさん」と言います。
よくあるのは絵の余白に別の人が絵の賛辞や解釈などを書くスタイルです。
絵も文も自分で書いたものは
「自画自賛じがじさん」と呼ばれます。
じっくり拝見すると、三味線を弾く鬼らしき
モノが描かれていました。
添え文の最後に「良雄よしたか」の記名があります。
大石内蔵助は通称で本名は大石良雄さんでした。
…つまり絵も添え文も自分で書いた自画自賛の掛軸!?
注目すべきはファンキーな鬼?の絵です。
三味線を抱え、歌いながら踊っているようにも見えます。
添え文をよく見ると「よいやさのよいやさ」という文言。
やはり、この鬼は歌をうたっているのかもしれません。
ちょっと真似して、ゆるく再現してみました。
こんな感じです。(笑)
大石内蔵助が!?
このロックンロールな鬼を描いた!?
ホントに?
もしかして、内蔵助サマもお茶目さん?
残念なことに「よいやさ」以外は達筆過ぎてほとんど解読できませんでした。
三味線と歌。もしかして都都逸どどいつなのでしょうか?
もう少し詳しく知りたいと思いました。
この掛軸には極書(きわめがき)と呼ばれる鑑定書もついていて、
ホンモノらしいですよ~。
ミステリアスであり、かわいらしさも感じる
大石内蔵助の掛軸でした。
まったりお茶事
お茶事は、なごやかに懐石からスタート。
もちろん、お料理も宗智先生が自らご用意してくださいました。
茶席では日本酒もふるまわれます。
たっぷりとした大きな茶釜から湯気が立つのを見るのも久しぶり。
なんだかほっとするような温かさに包まれます。
海松貝蒔絵みるがいまきえの炉縁も華やかでステキでした。
茶事の後半では、いよいよお茶をいただきます。
濃茶点前をされる宗智先生の膝元には
赤楽(あからく)の茶碗。
楽家13代「惺入(せいにゅう)
(明治20年~昭和19年)」の作だそうです。
お濃茶は1つの椀を回し飲むのが決まりですが、コロナ渦以降は1人ずつで
いただくケースも増えているそうです。
各服点かくふくだてと呼ばれるお点前で、
1人ずついただきました。
たっぷりのおもてなしに会話もはずみ、楽しいお茶事でした。
あやしい掛軸たちも一緒に記念撮影です。(笑)
「遊庵」宗智先生のFacebookは
こちらからどうぞ。
おわりに
久しぶりのお茶事は「いいとこ取り」で楽しませていただきました。
茶道具や菓子に料理の数々、もちろんお茶も。
目の保養、口の保養です。
茶道はいろいろな楽しみ方があることを改めて感じました。
大石内蔵助の掛軸を拝見したことで、歴史へのロマンもふつふつと。
彼はどんな人物で、真実はどこにあったのか?
考え出すと、妄想の沼へもぐってしまう私です。(笑)
こんな作品も思い出しました。
芥川龍之介「或日の大石内蔵助」
討入り後、公儀の沙汰を待っている間の
大石内蔵助を描いた作品です。
主君の仇討を美談として賞賛されることに
困惑する内蔵助サマの話。
芥川ならでの人物描写が楽しめます。
最後に面白いお菓子をご紹介します。その名も「切腹最中せっぷくもなか」です。
東京・新橋の老舗和菓子店「新正堂しんしょうどう」の人気商品で、
浅野内匠頭が切腹したとされる場所にお店があるのでついた名前だそうです。
謝罪に出向く時の手土産としても大人気らしいです。(笑)
あんこがたっぷり、おいしそうですね。
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。
こんにちは。元おちこぼれ茶人で管理人の「えつ」です。
12月15日、相模湖駅近くの茶室「遊庵」でのお茶事にお招きいただきました。今回は茶事で出会った大石内蔵助(おおいしくらのすけ)の掛軸とお茶事の様子をお伝えします。